2008年8月17日日曜日

テクノ(techno)の歴史? 1


ここ最近では10数年間エレクトロなダンスミュージックがアンダーグラウンドシーンだと言われて来た事が信じられない程、、数えきれない位多くの人(世界では。ね)が、technoを聞いています。

テクノ(techno)と言うジャンルは、不明瞭なものとして世界中のリスナーやミュージシャンによって、取り入れられ、育って来ました。

なぜテクノ(techno)がジャンルとして確立したのか考察してみました。

PCなどのテクニカルな技術の人気に寄るもの。
また、テクニカルな技術自体が生活に欠かせない物となってきたからだと思いました。

テクノ(techno)とは、人間とコンピューターのインターフェイスとして、または、表現方法として生産されたものですから。


そして人間とコンピューターと言うこの微妙なの関係が、ここ数年間で飛躍的に向上しています。

80年代の初頭に、シンセポップ、イタロディスコにファンクの要素を加えた音楽を作りだした3人が居ます。同じ高校に通い、Kraftwerk 、 Parliament、ラジオDJエレクトリファイング・モジョ(Electrifying Mojo)。
また彼がラジオで流していた、The B-52's [US] 、Prince、その他ヨーロッパからの様々な音楽から影響を受けてきた、Juan Atkins、Derrick May、そして Kevin Saundersonデトロイト出身のパイオニア3人。

1983年、AtkinsとRichard Davies( aka 3070)が、「Clear」をCybotron名義でリリース。テクノ(Techno)が生まれました。

テクノの歴史の一説です。

参考サイト:
http://www.gridface.com/features/a_brief_history_of_techno.html

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